日経記事「教育格差が未来を奪う」その2

「裕福な家庭で勉強しない子のほうが、裕福でない家庭で勉強する子よりも、成績がよい」という数週間前の日経記事に関し、過去エントリの中で、以下のことを述べた。
http://d.hatena.ne.jp/dokushonikki/20150215#p1

「頭がよいと、高年収になりやすい」「頭がよいことは、遺伝しやすい」の2つがあいまった結果である。(この仮説は誤りであることを祈る)

大内伸哉先生のブログ「アモーレと労働法」に、以下エントリがあった。
http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/post-b8b6.html

まず、以下のとおり、アランの上記仮説と同じことをおっしゃっている。

運動神経の良さ,音楽のセンス,そしていわゆる地頭(じあまた)の良さは,遺伝の面が大きい
塾や家庭教師の効果にも限界がある
これまでの社会では,学力が高く,また社会的に出世し,高い所得を得やすかった


そのうえ、今後は企業から求められる能力が変わってくるという。

これからは,従来の受験秀才が勝ち組でなくなる時代がくる
これからの雇用社会は,ITをうまく活用できなければなりません。ITに代替されてしまうような能力は,たちまち価値を失う

大内先生のエントリを拝見して、さらに色々と考えさせられた。

ビジネスパーソンに求められる能力は、地頭の良さだけでなく、知識・教養、新しい知識を身につける力、新しい枠組みをつくる力、創造力、ハードワーク・逆境に耐える心身の強さ、コミュニケーション力、人望等々、色々あるだろう。問題なのは、これらが、遺伝によるものか、後天的なものなのかである。大内先生のおっしゃる、「ITを活用する能力」が大きなウェイトを占めることになるかどうか分からないが、そうであったとした場合でも、遺伝によるものか後天的なものなのかが問題だ。
ピケティが19世紀欧州世界として描くように、遺産を相続しさえすれば、それだけで何も努力しなくても、金持ちであり続け、流動性がないというのは、いかがなものかと思う。しかし、ビジネスパーソンとして成功するために求められている、様々な能力だって、遺伝によるところが大きければ、同じことではないか。

ちなみに、私個人は、ビジネスパーソンとして至らぬ点が多々あるが、至らぬ点の一つが「ハードワーク・逆境に耐える心身の強さがないこと」である。これは遺伝なのだろうか。それとも、子ども時代にあまり外遊びや運動をしなかったこと、また学生時代にあまり夜を徹した遊びをしなかったことが原因なのだろうか。それともその両方なのだろうか。