男女共同参画社会における家事労働について

(11月9日追記)本内容について、つらつら考えていたが、お金や経済の世界だけ考えると、以下のとおりとなるが、助け合いとか中間団体といったところまで視野を広げれば、もっと別の発想もあるかもしれないと考えた。これからも思索を深めていきたい。


男女ともに、公務員として、企業従業員として活躍するようになった場合、家事労働はどのように扱われるか?賃金はどのように変わるか?少し考えてみた。

いま生きる「資本論」

いま生きる「資本論」

性労働の比重が高い時代は、共働きですから、一人ひとりの賃金は下がる。女性労働の比重が低い時、要するに家事労働の比重が高い時は、賃金は上がる。


また、清家篤先生は、東洋経済13年1月26日号で、次のようにおっしゃっている。

米国などでも・・・労働者は賃上げを獲得し、経営も価格に転嫁できていた。だがその後、日本などとも国際競争にさらされ、世帯主生活給は払えなくなった。それで夫婦共稼ぎで生活水準を維持するようになった。・・・女性の社会進出や子育ても併せて支援する”世帯主生活給”から”個人別生活給”への見直しが必要だ。

これらは、夫婦共々ワークライフバランスが実現し、夫婦で家事を分担し、夫婦あわせた給料でやっと生活できる状態、ということだろう。極論すれば、今まで夫一人で稼いでいた給料分を、これからは夫婦二人で稼ぐ、つまり一人あたりの給料は半減する、ということだろう。

一方で、こんな記述のある本もある。

新版 史的システムとしての資本主義

新版 史的システムとしての資本主義

半プロレタリア世帯では・・・自家消費のための家内生産・・・によって、受容可能な賃金の最低水準を引き下げうるような余剰を生み出していた・・・[非賃金労働的]活動は、世帯内の他のメンバー・・・によってなされることもあれば、賃金稼得者自身が人生の別の時期に行うこともあった。・・・雇主の側では一般に、自分の雇う賃金労働者が完全にプロレタリア化した世帯よりは、半プロレタリア的な世帯に属していることを望んだのも、異とするには足りない。

本書によれば、家事は家庭での女性の仕事として封じ込め、賃金化されないのが、雇主にとっては好都合ということのようだ。

デフレの正体  経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

日本で女性の就労を進めるには、さらに3つの壁があります。・・・?現実の壁(働く女性の代わりに家事を誰が分担するのか)、の3つです。・・・最後の問題に関しては、明らかに心強い援軍が存在します。企業社会から退出しつつある高齢男性です。彼らが社会人として蓄積してきた能力と手際を持って、若い女性の代わりに家事に当たれば、その分彼女たちが所得を得て経済を拡大することができ、高齢男性の側も家族の賞賛を得ることができます。

このように、定年後男性が家事を負担するという方法もある。また、先に述べたように、夫婦ともワークライフバランスを実現し、夫婦で家事を分担する方法もある。こうすれば、ウォーラステインのいうような、半プロレタリアの状態を継続できる。雇主にとって好都合な状態が続くということだ。
一方で、そういった家事遂行者がいない場合、そして全員を幹部候補生として扱う場合、家事分も賃金化して労働者に払わないといけなくなるだろう。半プロレタリアの状態でなくなってしまうということだ。
雇主にとってどちらが望ましいか、労働者にとってどちらが望ましいか。どちらの道を歩むのか、非常に悩ましい。