『モンゴル帝国の興亡 上下』杉山正明著 講談社現代新書

現在、日経新聞には堺屋太一氏の小説「世界を創った男 チンギスハン」が連載されている。堺屋氏は文藝春秋06年3月号で「(フビライハンの時代から数十年間の)モンゴル帝国こそ無限の世界帝国であり、歴史上、現代の米国に最も近い姿だった」と述べる。著者は、モンゴルの興隆によって「世界と世界史は、このとき初めて、それとしてまとまった姿で眺められる一つの全体像をもった。」と言う。本書は、チンギスカンがモンゴルウルス(ウルス=国の意)を興し、後継者たちがユーラシア大陸を席捲し、まさに世界帝国になっていくさまが、生き生きとコンパクトにまとめられている。帝国の成長は一直線ではなく、中央アジアの動向、ジュチウルス(一般に言うキプチャクハン国)、フレグウルス(同イルハン国)といった同族たちのダイナミックな駆け引きが繰り広げられるのだが、分かりやすくまとめられている。上下巻であるものの、長さを感じさせず、一気に読み進めることができる。
また、日本・朝鮮・中国・中東・ヨーロッパと、まさに世界に影響を与えたことがよく分かる。その中でも、著者がいわゆる中華思想から自由であることは、歴史を世界規模で見せることに役立つ。「(大都の失陥によって)中国史では元朝滅亡と言う。そして、少なくとも中国本土では、明朝が揺るぎなく確立したかのように言われがちである。だが、それは中国伝統の王朝史観の産物にすぎない。・・・これ以後およそ20年間、北の大元ウルス(=いわゆる元朝)と南の大明政権とは、華北を間において拮抗状態となった。」といった記述がそこかしこにあり、誠に分かりやすい。だからこそだが、明朝との興亡や清朝との関わりといった、モンゴルが中国本土を失って以降の記述があまりにあっさりしているのが誠に残念でならない。続編を是非とも読みたいと思う。