『脳を鍛える』立花隆著 新潮文庫

脳を鍛える
立花 隆著
 著者が東大教養学部で96年に行った講義をまとめたもので、その第一巻という位置づけである。シラバスには「人間はどこからきて、どこに行こうとしているのか。マクロに見た人間史の総括。自然の中の人間の位置づけ。エコロジーとエコノミー。ポリス的動物としての人間の歴史。人類社会の破綻要因の諸相。終末論の可能性とブレークスルーの可能性。テクノロジーの限界。現代知識社会の変貌と危機。パラダイムの転換。自然はどこまで経営可能か。生き方の問題。倫理学の再構築。大学は何を学ぶところか」とあり、これはもう森羅万象すべてを取り上げようという野心的な講義である。その内容も、実存主義、高等教育の危機的現状、脳、ヴァレリーエラスムス、20世紀以降の物理学・・・というように多岐にわたっている。それも単に色々な事項を羅列しているだけではない。諸文献からの豊富な引用、様々なエピソードの紹介、著者自身の経験談などが語られ、知的興味が尽きない。「ジュリアン・ハックスレーという人がどういう人だかわかる人、どれくらいますか?」という質問に手をあげる人なし、といった記述がそこかしこにあり、私自身も「手をあげられない」ことが多く、自分の不勉強ぶりに恥ずかしくなる一方で、もっと勉強せねばと発奮させられた。どういうことを勉強すればいいかという示唆もある。そういう意味で、著者の「東大生はバカになったか」は教養教育についての危機感を煽る本だが、本書は、危機感を煽るとともに、具体的にこういう勉強をすべきであるというガイドにもなっていると思う。もちろん、純粋な読み物としても大変面白い本である。
 なお余談になるが、06年1月16日付け日経夕刊に、東大総長の小宮山宏氏の記事があり、「学問を広く見渡す目を養うため、一、二年生向けに学術俯瞰講義を企画」したと書かれている。立花氏の活動に触発されたのだろうか。東大もまだまだ捨てたもんじゃないかも、と感じた。