『ソ連が満洲に侵攻した夏』半藤一利著/『コーランを知っていますか

敗戦直前に、突如ソ連満洲に侵攻し、8月15日以降も攻撃の手を緩めず、兵士・一般市民に対してを問わず略奪・暴行の限りを尽くし、無数の日本人をシベリアに連れ去り抑留するに至ったドキュメンタリーである。国際法に無知な私はよく理解できないが、9月2日までは日ソ間で有効な停戦協定が結ばれておらず、それまでのソ連の行為は合法である面もあったようである。日本の指導者層がこういったことに無知で、さらに国際情勢を理解しておらず、ソ連が侵攻してくる可能性を予想できなかったばかりか、当のソ連に何ヶ月も和平交渉を依頼するというトンチンカンなことをしていて、適切な対応が取れなかったこと、また関東軍上層部は、あろうことか住民を見捨て自分たちだけが撤退したことが情けないほど見事に描かれており、私は激しい怒りを覚えたし、著者の文章も怒りを隠せない様子であった。
著者は、「国際法に無知、というより無視、国際情勢にたいする理解の浅薄さ、先見性や想像力の欠如、外交交渉のつたなさ、それが今日のわれわれにそのままつながっているのではないかと、それを危惧する」と、怒りをぶつけるとともに、現在も日本は同じ過ちを繰り返していないかと警告を発する。しかし私自身はそれにもまして、ソ連の卑劣な行為に激しい怒りを覚えた。「古代ならいざ知らず、世界戦史上、満洲ソ連が行ったようなことをした戦勝国はない。連合諸国もまさかそこまでは・・・と予測のつかないことであった。」と述べられている。
戦後数十年が経過し、やっとこういう本が読めるようになったということなのだろうか。日本人として必読の書であると思う。

著者はこれまでギリシア神話アラビアンナイト、旧約・新約聖書シェイクスピア等の古典を平易に読み砕いた解読本を著してきたが、ついに時節にかなった一冊が出版されたと言えるだろう。
これまでの解読本は、主なトピックを取り上げ、著者得意のユーモアで料理し、読者の興味をそそるというスタイルであった。ところが今回は趣を異にする。「アラーは血沸き肉躍るストーリーの開陳にはあまり関心がないらしく、出来事の断片を語っている印象が拭いきれない」とあるように、コーランの中にある話のストーリーはそっけないもののようである。またこれも著者が繰り返し述べているように、「コーランが詩的であり、音楽であり、翻訳では会得できない部分を相当に含んでいる」ため、日本語でその魅力をあますことなく伝えるのは、かなり難しいのであろう。著者も今回は苦心したことがうかがえるが、イスラムの歴史、旧約聖書との対比、サウジアラビア旅行記等を織り込み、全編通じ、知的好奇心が刺激される内容となっている。
あえて2点苦言を呈すると、まず雑誌での連載を文庫にしたからなのか、やたらと同じ内容の記述が繰り返され、くどいと感じること、もう1点は何点か誤字があったことである。しかしコーランという一般の日本人にはなじみがないものを、親しみをもてるようにするという試みは成功していると思う。