『働くということ』R・ドーア著

本書のメインテーマは、「市場個人主義」がグローバルに広がっているということであろうか。「市場個人主義」とは、「ソフトウェアエンジニアが、どんなときに、だれに、どのように自分の技能を売るかを選ぶ自由に干渉すべきではない。また、オフィスの清掃会社が、どんなときにでも一番安い賃金で一番良い仕事をしてくれる清掃人を選ぶ自由に干渉すべきではない」と表現されている。
「高度な技術を伴う市場経済システムにおいては、所得の不平等が拡大していく傾向は不可逆的なものであり、多かれ少なかれ全世界的な現象になっている」「特にもっとも豊かな工業社会において、不平等および不平等拡大の傾向が当たり前のこととされており、その不平等の容認が「何が公正か」についての考え方に重要な変化をもたらしつつある」と言う。フリーター等のいわゆる非正規労働者が増加する一方で、アメリカでは経営者が従業員の何百倍もの報酬を得ている。これを当然とする考え方がグローバルに広がっているというのである。
もはやこの流れをとどめることはできないという悲観的なトーンで、これらの背景を徹底的に分析していく。読んでいて気分が暗くなるが、分析の鮮やかさに、吸い寄せられるように読み続けざるをえなくなる。ただし、本書の最後の方では、申し訳程度に(と言ったら失礼だが)「資本主義の多様性」の可能性についていくつかの根拠をあげている。例えば「異なるタイプの資本主義の制度間に存在する際はまだかなり大きく、どのタイプが優れているかについては、いろいろな価値判断が可能」と。確かに、一時期のアメリカ式経営礼賛の風潮は収まりつつある気はする。このような本がさらにもっと広く読まれるようになることを期待したい。