『地ひらく』福田和也著 文春文庫

地ひらく 上
福田 和也著
石原莞爾の生涯を詳細に描くとともに、日露戦争から敗戦までの道のりを、日本の政治・軍事・経済はもちろん、欧米・中国の動向もあわせて詳細に描く。日本が侵略国家と一方的に断罪するのでもなく、逆にアメリカに手玉に取られた被害者と言うのでもなく、国内外情勢を踏まえ、リアリスティックに史実を追う。
批判の対象は多岐に及ぶ。「無定見に日支事変を拡大した陸海軍と、軍に対抗するどころか拡大を煽った新聞を中心とした世論、そして世論に率先して迎合した近衛を中心とする政治家たちの無責任な姿勢」を批判する。一方、本書の主人公である石原についても、「現実世界で何ほどかの事を実現しようとするならば、どのような相手をも説得するという気構えがなければ、何もなしえないだろう」と述べる。国家の責任ある地位にある者がこのようではいけないだろう。(ちなみに、私自身が現在の社会生活の中でこういった批判を免れるかというと、甚だ心もとない。そのことは棚にあげている。)
半藤一利氏の「昭和史」は、私は名著と思うが、残念ながら「日本」の「政治」についてしか触れられておらず、単に日本の一部の政治家・軍人とマスコミが悪かったという分析しかできていない。情勢は、日本国内の諸勢力の動向や諸外国の思惑等が、複雑な関数となって動いていたのであり、単純に戦争を避けることを主張し続ければ事足りたということではなかろう。また、日本も諸外国もそれぞれ責任があるはずである。本書は、そういった視野で書かれている点で評価したい。
そして、極東軍事裁判を「笑うためには、日本人自身が、自らの道義によって、その過去を顧み、誤りを糺し、罪を濯ぎ、再び過失を犯さないように努めなければなるまい」と述べる。本書はこの問題意識で書かれていることがひしひしと伝わってくる。愚かな戦争を再びしないためにはどうすればよいか考えるうえで、本書は好著であると考える。
なお、石原の生涯に焦点をあてているので当然だが、開戦も含め日米戦争についての記述は薄いことを付記しておく。